丹後宰相(細川忠興)宛 慶長5年(1600)9月23日 紙本墨書 1幅 37.6×55.0
徳川家康による、細川家二代忠興への書状。関ヶ原の合戦に敗れた石田三成が捕縛されたことをいち早く伝えるべく、したためられたものである。 忠興の妻ガラシャは、三成方の人質になることを拒んで自害に追い込まれたため、家康は三成の生け捕りを知らせ「定めてご満足でしょう」と述べている。 この手紙を受け取った忠興は、即座に大津にいる家康のもとに赴き、加藤清正らとともに三成を見たという。三成は同年10月1日、京都六条河原で処刑された。